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世界には何千語もあるのに、どうして英語を勉強するんだろう? ―もしかしたら誰もがちょこっと思ったことがあるかもしれない疑問のまわりを時々うろうろしながら、 それでもやっぱり英語を学ぶことにした人の、十人十色の旅の記録。新しい海をわたるまで。

 

There are thousands of languages in the world, so why study English? This is the multi-colored journey of a someone who's considered this question, which is perhaps something we've all considered at some point. Despite all my wandering, I keep coming back to studying English in the end... at least, until I get to traverse a new sea.

2024.3.17

Almost a Meet-cute at a dim sum place

I went to Hong Kong for the first time in 5 years in November. It was the 6th time that I visited there and I didn’t realize how much I missed this place till I got there. To be honest, I was a bit worried about how Hong Kong changed after the protests and COVID. But I did not see any downsides. From the optimistic perspective of the tourist, I can say that Hong Kong is still one of my favorite cities.
 
My favorite things to do in Hong Kong are simple. Eating dim sum as much as I want, going to cha chaan teng, which is a traditional style of diner or a café, and just wandering around the streets. As you can easily imagine, there are many dim sum restaurants in Hong Kong. I revisited the most chaotic dim sum spot called 蓮香居, Lin Heung Kui, this time. This place is famous for its authentic style. It was Sunday and packed with local elderly people. The first thing you need to do is to find your seat by yourself because there are no servers to show you the table although many servers are working. The last time I visited here, I had no problem finding a seat, but this time they gave me a really hard time. Every time I spotted an empty seat and tried to sit, the servers or the grandpas sitting next to the seat would give me a side eye and shake their heads. After walking around in the restaurant like a loser of musical chairs, I challenged the server again who said no to me a few minutes ago. I pointed out the empty seat with my index finger and said loudly “ONE PERSON, OKAY ?” The server, who looked as old and grumpy as the others, nodded silently. That was the epic victory moment in my life.
 
When I sat down, plates, teapots and teacups were all set up. And there was a big bowl as well. In a traditional dim sum place, you need to wash your plates and teacup with tea in the bowl even though the dishes are already clean. I think it is a Hong Kong custom and I happened to know that from reading an article. As I was trying to wash them, suddenly the man sitting next started talking to me, “Do you know what this bowl is for?” I said, “Yeah, this is for washing dishes with tea.” “Oh really? I thought it was another plate for a big dim sum.” he laughed. We started talking. His name was Jim, he was originally from New York and living in Seoul. He came to visit here for work. The carts carrying the dim sum were moving around in the restaurant and people rushed to the cart and grabbed steamers that they were looking for. Jim and I started to share plates and both of us rushed to the cart and grabbed whatever was on there. We enjoyed the dim sum and conversation in the chaotic place. In the moment I was thinking “Wait, this could be a great meet-cute story about how I met my future husband in a dim sum restaurant in Hong Kong ! ” but then I saw the ring on his wedding finger. My rom-com story ended so quickly. After sharing several plates, Jim left for a business meeting and we said goodbye to each other. Although it didn’t make it into a rom-com, it was a fun encounter where I could share an amazing dim sum with a stranger.
 
I stayed there for a while and watched elderly people at the same table eating and chatting. One grandma asked me with a very strong Chinese accent, pointing at the empty seat next to me “Where is he?” and I said, “He left.” And the group of grandmas were asking me together “He left? He left?”, and they were looking at me with pitying eyes as if I was abandoned by my boyfriend and left alone. I was trying to explain that we just met here, but they looked all confused so I gave up. I said goodbye to the grandma and left the place. It felt like too many things happened in only 2 hours and I just could not get enough of it. I am still dreaming about the next time I come back to this lovable chaotic dim sum place.
 
Tomoko Nishita
英語教室生徒歴10年。編集者、広告代理店勤務を経て、現在は京都でのんびり生活をエンジョイ中。趣味はアメリカンゴシップパトロールと旅と食。
Tomoko Nishita has been a student at the English School for 10 years. After working as an editor and at an advertising agency, she is now enjoying a laid-back lifestyle in Kyoto. Her hobbies include American gossip patrol, travelling, and enjoying food.
 

2023.12.30

英語教室日記

あなたのそばに
  
1年に一本のペースになってきている英語教室のこの連載。連載がなければちゃんと振り返る機会もないので、ありがたいなぁと想いながら、わたしがこの2023年を振り返ろうとしたときに、立ち現れたのは「寄り添う」という言葉。そして、『自分にとって大切な人が手を動かし、料理をし、それを一緒にいただく』というイメージも一緒に。寄り添うってそういうことなんだと、原稿を書こうとする瞬間に気がついて、その喜びと思い出に包まれて涙が溢れだしてしまっています。2023年は、大切な人に、寄り添われて、寄り添った1年だったようです。
  
✳︎

  
2023年のはじめのある日、
大切な人のその最期の瞬間を家で看取りました。人に思い出して話すこともできないくらいに、私にとっては衝撃的な出来事であり、贈り物であると思っています。そのとき看病でつきっきりで、自分たちの食事なんかに興味も持てず、つくることも食べることもできなかった私と母に、そのあいだ夫が毎食、ごはんを作ってくれていました。おいしいおいしいと言って食べました。そのときから、始まっていたんだと今になっては思います。
  
ある日、
電車に長い時間乗ることもつらい、それでもお葬式の前には髪を切らねばと向かったのは2時間かけてゆくいつものお店。着いたころには私はちいさくちいさくなっていたのですが、彼らは多くのことを尋ねてくることはありませんでした。いつも通り、手を動かし、つくったごはんをたくさんだしてくれました。そしていつも通り、髪を切ってくれました。
  
ある日、
仕事に復帰した直後、元気はないが元気を出さないといけないときに、
事務所の花辺の友人のTさんやKさんが昼食を振る舞ってくれました。
何を作ってくれたか覚えていません。でも、泣きながら食べました。
大袈裟な表現でなくて、心が震えたのを覚えています。
  
ある日、
元気を無くした母に、どうしていいか分からなくなったときが来ました。どうしようと思ったけれど、誰かに作ってもらってご飯を一緒に食べたことが、何より嬉しかったことを思い出しました。私はおむすびを握って、母を植物園に誘いました。母は泣くほど喜んで、おいしいと言って食べました。木陰の中、ときおり、きらきらした光がはいる場所で、泣きながら母がおにぎりを頬張っていて、母が生き返ったとさえ思いました。
  
ある日、
友人が拓こうとしている森に手伝いに行きました。そのときいろんなことがあって仕事ができず、うーんとなっていたら声をかけてくれました。お昼にはMちゃんがおむすびを握ってくれていて、お肉やらなんやらが、どっさりタッパの中に入っていました。Mちゃんの手で出際よく盛られていったお皿の上で、ひしめき合うもりもりのおかずと野菜たち。私はきのこのナムルを作ってもっていって、一緒にお皿のうえに混ぜてもらいました。食べさせてもらっているというかたちじゃなくて、一緒に、という感覚が生まれました。嬉しかったのです。
  
✳︎
  
この一年、自分にとっても大事な誰かにとっても、悲しみがたびたびやってきました。でもその度にちゃんと日々を過ごすことができたのは、大事な人のつくったごはんであり、自分が大事なひとのためにつくったごはんの力だったように思います。その他にもたくさんある、誰かがご飯をつくってくれて、ときに私がつくって、一緒に食べたという記憶。それが、私にとっての『寄り添う』という言葉の記憶になりました。
  
前に別のテーマで英語教室のカノさんに「寄り添うとは?」と尋ねたときは、to be in one’s shoesでした。あなたの靴を履くこと。その人の気持ちになり、その人の目線にたつことが、私にとっての寄り添うことだったので、イメージがピタッとはまっていました。
  
でも、私がいま記憶する「寄り添う」という言葉とイメージが少し異なります。
この原稿を送って、英語教室のカノさんに寄り添うという言葉を探してもらいました。
  
かえってきたのは “By your side” あなたのそばに。
  
どんだけ辛くても悲しいことがあっても、不思議なものでお腹がすく。
もう嫌だと思って怒っていても、不思議なものでお腹がすく。
嬉しい楽しい、やったー!となっていても、不思議なものでお腹がすく。
  
2024年以降もきっといろいろな感情に出会ってゆくのだろうなぁと思います。
その度に自分の手でごはんを作って、誰かと一緒に食べること。
“By my side”
自分にも寄り添う一番の手立てに出会えたのかもしれません。
  

  
出版社『さりげなく』 わかめかのこ
京都で仲間たちと小さな出版社をしています。

2022.12.30

英語教室日記 

霜月
 
眠たい。自分が弥生に書いた英語教室日記を読み直して、涙が目に溜まる。どういう気持ちとかを説明するまえに涙がもうすでに溜まっている。(弥生ぶりに日記を書いているということにも驚く。わぁ!)
 
One step at a time 一歩ずつ、焦らずゆっくりいく
 
カノさんからあのとき、もらった言葉。良い言葉だなぁ。この言葉を、じっくり馴染ませて歩いていた2022年だったようにおもう。
 
さて、もう霜月。眠たい。12月に入ってから、私のねぼすけは更に増していると思う。毎日12時までには寝ているのに、だいたい起きるのは9時前。毎日9時間以上寝ている。2021年から生活手帳をつけていて、起床就寝時間を手帳にメモ。手帳を見返すと、とある1ヶ月はほぼ23時に寝て5時に起きていることもあった。だから今のねぼすけも問題ない。そういうことだってあるよ、と思えるようになった。ちなみによく寝るのは昔からで、情報量やいろんな刺激を受けた日には、すやすやと12時間以上寝続けていた。そのことを知り合いに話すと「寝ている間にいろんなことを整理しているのだから、十分に寝たらいいよ」と言ってもらって安心したことを覚えている。起きたらいろんな情報や感情がすっきり整理されていて、「ほんとうだ」と驚くのはいつものことである。
 
You grow in your sleep. 寝る子は育つ
Good things come to those who wait. 果報は寝て待て。
Sleep is the best medicine. 睡眠は最高のくすり。
 
今年は、『眠る』がテーマになった1年だったように思う。とある装丁家さんにお呼ばれした年末収録のラジオで「今年の一冊の本を持ってきて」と言われたときも選んだのは『ねむたい人』という絵本だったし、“本で寝る本”という『本が足を組んで寝ている姿』が頭に思いついたのが4月。そのキャラクター“本で寝る本”をズーズーズーと名付け、誰に喜ばれるでもなく、せっせと粘土で作り続けていた。本のあいだに挟むと栞になり、挟んだ本がお布団にみえるのだがそんなことは後付けで、本が本で寝ている様子をただ作りたかっただけなのである。手を動かしてそんなズーズーズーたちをつくることは、私にとってなんの時間だったんだろう。まだまだこういう意図があると言葉にしたくないのですが、ズーズーズーたちが寝ている姿を見るのは、なんとも愛おしい気持ちになる。安心感。
 
To sleep on it. 一晩寝かせて考える。時間をとって考える。
 
カノさんに眠りに関する言葉を教えてほしいと連絡すると、いろんな言葉が帰ってきた。
なかでも気に入ったのは、この言葉。眠ることで、不安も喜びも自分に馴染んでいくんだなぁとこの言葉からイメージがでてくる。ちゃんと自分の身体に染み込んでいく感覚。
 
One step at a time 一歩ずつ、焦らずゆっくりいく
そして、
Let me sleep on it. 一晩考えさせてね。
 
なにかに気づいて出会って、気持ちが生まれて、よく寝て、馴染ませて、また次の日を迎える。日々、そんな繰り返しなんだろう。どちらの言葉も、同じことかもしれない。来年は、どんな日と出会えるだろう。どんな日も、よく笑って、悲しんで、よく寝て、いろんな気持ちを自分に馴染ませていけるといいなと思う。
 

 
出版社『さりげなくわかめかのこ 
京都で仲間たちと小さな出版社をしています。

2022.2.25

英語教室日記

弥生
 
自分の器は本当に小さい。嬉しいことも悲しいことも不安なこともいろんなことが1日の中でわぁっと起こる。どんなことでもざわざわが続いてしまうとピキンと器にヒビが入ってしまう。あ、ごめんね。割れちゃったね、と声をかけて、ヒビが入ったところをじっくり見ていくように注いでいくように継いでいくように今この原稿を書いている。嬉しいことも悲しいことも一気に感じてしまうと、ピキン。久しぶりに溢れ出るように泣いた。嬉し涙でもあり悲し涙でもある。涙は何であるとは言えないものだとおもう。
 
最近は毎日穏やかに自分に調子はどうだい?と尋ねたいと思って、早寝早起きをはじめました。早く寝ると決めてから、夜に誰かに連絡をしなくなったり携帯も見なくなった。これはとてもよい。会社や会社の中での私の振る舞いについて最近は悩んでいると気がついたのも早く寝てるからだと思う。毎日調子はどうだい?と尋ねることができている。というわけで、大事な本「雲と鉛筆」を読み直しながらある日は電車の中で泣いて(マスクの縁の部分に涙が溜まっていく)、寝る前にも少しづつ少しづつ同じく大事な本の「モモ」を読み直しています。
 
先月に家族の病気が続いたときに、動じないという言葉は、どう言いますか?とカノさんに聞いた。今日また見返した。いろんな言葉の中で惹きつけられる言葉がひとつあった。というか、それしか目に入らなかった。
 
one step at a time  一歩ずつ、焦らずゆっくりいく
 
未来は気がかりだけど、今できることをゆっくりやっていく。それが未来へとつながることを祈りつつ。
 
モモの友人のベッポも同じことを言っていた。今目の前にあることをひとつずつ。ひとつずつ。私は今、誰よりも自分の周りにいる人と自分を大事にしたいと、思っている。ひとつずつ。
 

 
出版社『さりげなくわかめかのこ 
京都で仲間たちと小さな出版社をしています。3月に新刊が出ます。

2021.11.10

英語教室日記

霜月
 
6月ごろから魚に関する絵本の編集を担当させてもらっていて、自然を「守る」、「考えよう」という言葉に敏感に反応するようになっていた。守りたいという気持ちは、自然をがばっと包み込んでしまっている力強い包容というか傲慢さ、みたいなものを感じていて。もちろん、守るも悪くないんですよ。そりゃ。守りたいっていう気持ちは必要だと思う。でもなんだか私は腑に落ちず。自然を守るのは人間ではなく、自然と人間と生き物の目線は同じわけで。どちらが上とか下とか、そういうことではないはず。この距離感をもっとうまくこの気持ちを表せる言葉はないかなぁ。と英語レッスンで尋ねる。
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最近よく聞く英語のdistance は距離。空間的な隔たりはgap。境界線boundaryもちょっと似ているね。線を引いて、分ける感じ。日本語の「距」は辞書で引いたら「隔てる、ふせぐ、拒む」の意味ですって。そこに離れるがついて、“距離”という言葉は隔たりそのものですね。今、気になるのはdistanceよりも、その間にあるspace (空間、合間、宇宙 )やroom (余地、余裕)などの「空間」です。
 
Breathing space 一息つける時間、ちょっと考える期間
Look into space 宙を見詰める
Space out ぼんやりする
Make room場所を作る、席を譲る、道をあける
面白い表現で、
There’s an elephant in the room. (明らかに問題があるのに) その場で触れてはいけない話題
 
などもあります。
自然との距離も人との距離も、はっきり分けるのでなく、互いの大切な「間」だと思って感覚をとぎすますと、背伸びせずにやるべきことが見えてくるんじゃないかしら。
ときどきspace outしつつ、すでにみんな宇宙にいるなあ、などと考えながら。
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茅葺き屋根職人の相良さんの言葉を思い出す。
昔、山と里の間には草むらがあった。人は、山にいきなりはいるのではなく、草むらで自然と付き合う。植物の名前を覚え、技を学んでいく。生き物は、草むらにいる生き物を食べ、山に戻る。ぶつからないように、お互いの様子を伺い、気配を感じ合う空間。そのあと、スナックのママであるれみさんの言葉を思い出す。汀(みぎわ)という空間。草むらが山と里の間であるなら、海と陸の間は汀である。
 
距離感ではなく、そうか、間か。Spaceか。空間と宇宙が同じ単語であることの奥ゆかしさに笑ってしまいそうになった。自然との距離を縮めるのが重要ではなく、互いのspaceを感じ取りあう間。気配を感じる間。であれば、やっぱり自然に対する言葉は、守るではないような気がする。自然や生き物との間合いを感じること、間合いという存在に気がつくこと。おお、頭を使った。一旦ここで終了。I’m spaced out. Bye!
 

汀に立つと、私も海の生き物だったんだ、ここから生まれたんだね、というきもちになった。

 

出版社『さりげなく』 わかめかのこ 
京都で仲間たちと小さな出版社をしています。

長湯文庫 お風呂で読む本長湯文庫というレーベルが新登場しました。

第一弾は、モノ・ホーミーさんの「するべきことは何ひとつ」です。
 

2021.8.14

英語教室日記

葉月
 
ざぁざぁざぁ。外は大雨。お盆休みも大雨というので、外にはでんように。と自然と促されている気がする。最近はよく、水について考える。涙もその一つ。
 
私はよく泣く。言葉にできない涙が多い。ぐわっと身体の内側から何か気みたいなものが盛り上がり、泣いている。あ、泣くという気づきの前には泣いていて、「あ、泣いてしまっている」とハッとすることの方が多い。自分がよく泣くからか、周りが泣くのも抵抗がない。電車やバスの中で泣いている人がいると「すべてがうまくいきますように」と念を送る。(もちろん悲しくて泣いているわけでもない人もいるだろう、そういった人にも同じように、うまくいくように、と念を送る)この話をとあるトークイベントで話すと、参加者から『驚いた』と感想をもらった。『人前で泣くのを良くないと思っていた、涙は我慢せねばいけないものだと思っていたから、念を送ってくれるような人がいるなんて。ありがたい』と驚いたそう。
 
涙についての英語をカノさんに尋ねる。こう感情がぐわっと身体の中から沸き立つ涙はなんていうんでしょう。
 
―感情を出すはshow one’s emotionと言うよ。その反対に、bottle up という表現があって、もともとは〔物を〕瓶詰めにするって意味だけど、転じて〔感情を〕抑える、押し殺すという意味にもなる。感情を瓶の中に詰めちゃう感じ。You don’t need to bottle it up. (気持ちを抑えなくていいよ。)みたいなね。
 
私の涙が出る瞬間は、しまってた瓶の蓋がポンっと空いてしまったよう。参加者の人が言っていた『涙は我慢せねばいけないもの』は、まさしく、感情の瓶詰め。You don’t need to bottle it up. (気持ちを抑えなくていいよ。)、瓶に蓋をしなくていい。
 
連日大雨が続いている。地球温暖化、人間による環境破壊の代償だというような声が飛び交っているが、それと同時に私は地球が大泣きしているようにも思う。悲しいから?嬉しいから?悔しいから?怒っているから?涙には、いろんな涙があるから、どんな涙かはわからない。そんなことより、You don’t need to bottle it up. ポンッと瓶の蓋が外れて、水が溢れ出す。災害がひどくならないように、と祈りつつ、人間と同じように、地球も雲も、自分の瓶に蓋をせず、気持ちを抑えず過ごせますように。
 
出版社さりげなく わかめかのこ
京都で仲間たちと小さな出版社をしています。
作り手の意図を超えて、読まれ、感じられる『本』という媒体を大変気に入っています。
最近は、絵本を作っています。9月末には文庫も出版予定です。

2021.5.21

英語教室日記

 
卯月
 
英語教室に全然参加ができない日が続く。あらぁ。
そんなタイミングで、英語教室のカノさんから連絡。
 
「かの子ちゃんの出版社『さりげなく』のさりげなくを英語にすると、どういうのかしら。」
 
確かに。考えたことなかった。さりげなくの言葉が持つ雰囲気は、形のないふわぁっと風のような空気のような、あと押し。誰かにとって居心地良い空気、存在のような。存在というよりかは、あるようなないような、もので。と考えあぐねる。
 
「勝手に考えてみたんだけど、これがなかなか難しい。」
 
Not obvious 露骨でない、明確でない
Without anyone’s noticing 気付かれることなく
Without making a big deal 大げさにしないで
Nonchalantly のほほんとした(無関心なという意味もある)
In a casual manner 何気なく
 
あぁ、面白い。Without anyone’s noticing がイメージに近いような気がする。本の隙間にいる、宿る、住みつく?間借りする?私たち出版社の存在。気付かれなくても良い存在。Noticeという言葉は、気づくという意味だけど、「!」ではない、感じかな。もっとささやかな、意味合いなのかな。お風呂のお湯に浸かった時に、だんだん温かいことに気づいていく感じ。冬が終わりそうなとき、土の匂いが、公園のみどりがまとう空気が、ふわぁと変わっていく感じ。そんな感じですか、notice。
 
 

皐月
梅雨入り。雨がザァザァ、頭が痛い。体も重いし、あーあと声がでる。傘をさしうつむきながら歩いていて、苔、草花をみて、おまじないのように「みんな嬉しそう」とつぶやいたりしている。私たち人間はしんどくとも、生き生きしている植物たちをみていると、雨は雨でいいんだろうなぁと思えるようになった。最近は、共感について、よく考える。
 
「共感はempathy 同情はsympathy 日本語同様、共感の意味は人によって受け取り方が違うと思う。empathyはその人の立場に近づけて感じること。sympathyは自分の立場から思う感じ。ちょっと上から目線の時もあるように感じます。」
 
植物が喜んでいそうと想像するのは、共感でもないし、同情でもない。と思うと、“想像”という言葉は、懐の深い言葉だなぁと思ったりする。
 
「英語表現としては、
To put oneself in someone’s shoes(誰か)と同じ立場 [境遇]になってみる
From where I’m standing 私の立場からすると
Spare a thought (for) 〜について思う、〜のことを思いやる
こんな感じでどうかしら。」
 
日本語でいう“共感”は、ぴたっとその人の形にあてはまったり、丸い枠があれば、丸い枠に収まるようなイメージを持っていた。(メディアでは、共感と同調が同じような意味で使われることが多くなってきたような、気がする。)
 
でもならった英語を見るとそうでもないことに気が付いた。どちらかというと想像することに近い印象。To put oneself in someone’s shoes (その人の靴を履いてみる)。その人の靴を履いた気持ちを想像する?苔にも草花も靴は履いてないかもしれないけれど、靴がないって勝手に決めるのも乱暴だよなぁ。私も苔の靴を履くような、梅雨を過ごしたい。
 
出版社『さりげなく』 わかめかのこ

京都で仲間たちと小さな出版社をしています。

出版社の名前は『さりげなく』と言います。6月生まれの双子座。

作り手の意図を超えて、読まれ、感じられる『本』という媒体を

大変気に入っています。https://www.sarigenaku.net/

2021.1.28

英語教室日記

英語の苦手意識は年々大きくなる。大学受験でとにかく覚えた単語の山のおかげで、なんとなくの意味はわかるものの、それはなんとなくのまま。友人は大学在学中にドイツ人の恋人を見つけ、とにかく会話したい一心で英語をものにしていた。別の友人は、海外でインターンをして英語を話せるように。つい最近マレーシアかどこかに駐在になったとフェイスブックが教えてくれた。すごいなぁ。

 

英語は、必要になったらでいいやと思った私にも、ようやく英語を話せるようになりたいと思う機会がやってきた。出版社を始めたのである。名前は『さりげなく』という。英語で、作家の紹介をしたい。出版社の大事にしていることを話したい。そんな気持ちを抱えていたタイミングで、共通の友人が営む喫茶で出会ったのが英語教室の先生、カノさんだった。私の名前はかのこというので偶然にも、同じ名前。厳密にいうと、子以外一緒。ちょっと、ルンとした。カノさんの英語教室は、私が調べた数々のオンライン英会話の授業とは少し異なる。テーマは、哲学や情緒。言葉にならない気持ちや想いを扱ったりする。出版社『さりげなく』の扱うテーマが「AとBのあいだにある無数のもの」「わかりにくい本をつくる」だったので、これはぴったりかもと思い、参加させてもらうことになった。授業はオンラインで行う。

 

私がその日参加した授業のテーマは、ペアで受け答えするうちに、「相手のことを好きになる36の質問」という心理学の実験を取り入れたもの。初対面のクラスメートが3人、先生が2人。みんなのことを好きになれるか。というドキドキと、英語を話せるかのドキドキで手汗がひっきりなしにでていた。結論からいうと、授業はとっても楽しく、今回のテーマにずっぷりはまり、クラスメートのことをもっと知りたいと思うようになっていた。

 

特に面白いなと思った質問は2つ。

 

What do you value most in a friendship? 友達になるときに一番大切なのは?

What role does love and affection play in your life? 愛や愛情ってどんな意味がある?

 

 

というものだった。日常会話では簡単にはでてこない質問。英語を話す前に、うーんうーんと考えていた。英語にするのが難しいのはもちろんだけど、自分の意見を言葉にするのも結構難しい。いつもなんとなく考えていたことを、きちんと言語化する。

 

 

友達になるときに一番大切なのは? 

What do you value most in a friendship?

– The most important thing about friendship is what the other person thinks  about life, education, money, food, and how to raise children.

– The most important thing about friendship is eating together and liking the same food. In my case, I love to eat fish. I can’t eat fast food because I get a stomachache, so eating good food together is important.

– The most important thing in a friendship is feeling empathy for one another. For example, I feel empathy for K already because she said she doesn’t like fast food.

 

 

 

  

私は、「一緒にご飯を食べること、同じご飯を食べること」と答えた。人間だけが、親子以外に食べ物を分け与えるというのを、本で読んだのもあって。遥か昔、人類信頼関係を築くためには、他の仲間が獲ってきたものを食べるという行為が極めて重要だったという(諸説あるかな)

 

コロナウィルスで、どうしてもご飯を友人や仲間たちと食べることは減ってしまったけども、あの時間は私にとって大事な時間だったなぁと思い出しながら話をした。

 

愛や愛情ってどんな意味がある?

What role does love and affection play in your life?

In your life, how do you experience love (feeling) and affection (actions of someone: hugging, giving compliments, making jokes)

– When his daughter made some mistakes, he told her his thoughts and then he forgave her.

– Love is important for me. I have accepted a lot of love from my parents, therefore I can give love to my children. I often say “I love you” to my children.

– I feel the same as Yoko. I don’t have any children, but I can give love to my parents, my friends, my partner and everyone. I show affection by always saying thank you. I also tell everyone when I’m feeling happy or sad.

 

 

この質問には、「私には子どもはいないけど、両親に、友人に、パートナーに、みんなに愛をもらっている。だから私はいつもありがとうと言う。嬉しい気持ちも悲しい気持ちも、全部伝えるようにしている」と答えた。日本語にすると、ちょっと恥ずかしい気持ちにもなるけれど。愛とは、大事な気持ちを伝えて、相手の気持ちを受けとめることかと思った。自分の言ったことを反芻して、飲み込んだ。これからも、大事にしたいことだなぁと思う。

 

 

初めての英語教室は、英語を学ぶことはもちろんだけど、自分が想っていることを丁寧に言語化する時間だった。日本語で簡単に伝えられない分、自分が考えていることはどういうことか、話しながら、気づくところもたくさんあった。言いたいことを言えてないような、もどかしさはずっと感じていたものの、日本語だって同じである。全てが言葉になっているような気持ちは傲慢だ。考えていること、気づいたこと、胸にあることの一部を丁寧に掬うように言葉を発しているのだ。『全部が言葉になっていないからといって、ないことにはならない』これは私の大事な本の一節で、そんなことを思い返し、感じた英語教室でした。

 

 

出版社『さりげなく』 わかめかのこ 

京都で仲間たちと小さな出版社をしています。

出版社の名前は『さりげなく』と言います。6月生まれの双子座。

作り手の意図を超えて、読まれ、感じられる『本』という媒体を

大変気に入っています。https://www.sarigenaku.net/

 

2020.5.18

Let’s talk about freedom

建仁寺両足院で開催された「英語で哲学」ワークショップ。第2回は「自由」について話し合いました。英語を母語としない参加者が、英語でそれぞれの考えを聞き、質問し、意見を交わします。言いたい表現がみつからなくてもどかしい。相手の言っている意味をちゃんと理解しているのか分からない。そんな不安や歯がゆさがあるからこそ、より聞くこと、話すことに集中できたように感じました。

 

5月からは新しい形で英語で哲学のプロジェクトが始動します。より多くの方に楽しんでいただけるよう企画しています。こちらもお楽しみに!

 

We had the second philosophy workshop in English at Ryosokuin, Kenninji-temple. The topic was ‘Let’s Talk about Freedom’. The participants, non-native English speakers, tried to listen to others, to question to understand and exchanged opinions. Some seemed frustrated because they couldn’t express clearly what they wanted to say. Some were not sure if they understood what the others said. We felt that such uneasiness and frustrations could make us concentrate more to engage in listening and talking.

 

From May this ‘Philosophy in English’ project will begin anew and in a new, more accessible form.
 

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2019.6.27

WE ARE SURE YOU WERE BORN

Students sometimes write essays on things they are interested in. This essay was written by an artist, Mayuko Morita, about the word “gene”. We can feel the sincerity in her writing, which we can also find in her lovely paintings.
 
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“MORINOIE”
 

『英語教室』では、それぞれが関心のあるテーマで自由に英作します。森田麻祐子さんに “GENE”(遺伝子)について書いていただきました。彼女の作品のかわいらしい佇まいの中にある誠実な強さを感じるエッセイです。
 

‘We Are Sure You Were Born’

The word “gene” has been important to me lately. The word comes from the Latin “genus”, which means “birth” and “kind”. Many words originated from “genus”, such as “genius”, “generate”, “gentle”, and “hydrogen”.
 

I read an article about behavioral genetics. The researcher said that although 60% of intelligence is inherited from one’s parents, one’s artistic and musical senses are more influenced by the environment and one’s own efforts. Usually people think that individual effort and the environment affect intelligence and that artistic talent is innate. Many parents tend to have a lot of expectations for their kids and tell them, “Do this, do that!”, “How about this? How about that?”. I do this too. But my son has inherited my genes and the genes of my husband, so I should not put too much pressure on him. In other words, we don’t need to worry about him and we should just trust him.
 

How about happiness? I have heard about research into what makes people happy and healthy that has been going on since 1938 at Harvard University. The research indicates that good relationships are the most important components of health and happiness, so I would like to try to help my son have good relationships with us and his friends.
 
 

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“MORINOIE”
 
 

森田 麻祐子 (もりた まゆこ)
mayukomorita.com
 

英語の本をすらすら読みたいのと、気負わなくても英語で話せるようになりたくて、英語を学んでいます。
I study English because I’d like to read books smoothly and speak without getting carried away.
 

2017.11.7

Study of Beyond the Borders 海を越えるための習作  vol.1

 

「海を越える出版社」

 

2017年4月、出版レーベルSEA SONS PRESSを立ち上げた。私たちは、アーティストとライターのデュオであり、互いの共通項である「言葉とイメージ」を拠り所に、現在はアートブックや絵本、雑誌、紙のおもちゃなどの制作を行っている。

 

レーベル名である”SEA SONS”(海の子たち)という言葉は、”SEASONS”(四季)という単語を2つに分けた、半ば偶然の言葉遊びから生まれた。ちょっとした発見によって、イメージや見える景色がガラリと変わり、物語の海が広がっていく。「言葉とイメージ」の連鎖が、色とりどりの世界への扉を開いていく。そんな、心地よい風が自分の身体を通り抜けていくような感覚を大切にしながら、ものづくりをしていきたいと思っている。

 

そして、本をつくったら、それらを携えて旅に出たい。「本」という形は世界中の様々な国に昔からあるものだし、簡単に持ち運ぶことができる。それに、人は誰しも自分自身の「物語」を生きている。だからひょっとすると、本づくりを通して、以前よりも簡単に、国と国、人と人との間にある境界線を越えることができるかもしれない。だから、私たちは「海を越える出版社」だと、そう名乗りたい。

 

 

『Study of Beyond the Borders 海を越えるための習作』は、そんな私たちが、境界線を越えるためのプラクティスの場所。『英語教室』の力をお借りして、「言葉とイメージ」の世界をどんどん広げていきたい。

 

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Study of Beyond the Borders 海を越えるための習作  

vol.1  “NIGHT SWIMMING”

 

2017年9月、私たちはSEA SONS PRESSの本をスーツケースに詰め込んで、ベルリンへと渡った。アートが文化の中に根付くこの街で、SEA SONS PRESSの本を手にとってもらうきっかけが何か欲しい。そう思って、ニュースレターを英語で制作し、手紙を渡すかのように、ベルリンで出会った人々に手渡した。

 

その中に、「言葉とイメージ」が対になった、ひとつの小さな物語をしたためた。自分自身の京都の鴨川での思い出をもとに、「人と川の時間」について思いを馳せたお話。ベルリンにはシュプレー川が流れており、街の人々が親しみ、大切にしている場所でもある。だから、互いに何かを感じ、言葉にして伝え合うことができるかもしれないと思った。

 

今回は、この物語を『英語教室』のカノ先生に添削していただいた。カノ先生の添削は、「”correct”(正す)のではなく”enhance”(高める)こと」。気持ちをもっと込めることのできる英単語や、美しい響を生み出すことができる文章の流れを教えてもらうことで、自分たちの想いがより伝わりやすくなる。そして、不思議なことに、この文章を書いた私自身もまた、”enhance”してもらったことで、物語の新たな側面や可能性に気がつくことができた。

 

 

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Essay : Makoto Hamagami + Picture : Asuka Okajima,  Enhanced by Kano Ikegami

 

 

 

濱上真琴 Makoto Hamagami:

1992年三重生まれ、京都在住。ライター、リサーチャー。美学・芸術学が専門。現在は芸術、言語、社会とその周辺を行ったり来たりしながら、ソーシャリー・エンゲイジド・アートなどの研究を行なっている。最近、文化人類学や翻訳学などの、アートやその他ジャンルとの関係性について興味をもち、様々なジャンルの「境界線」あたりに目を向けていきたいと考えている。

 

岡島飛鳥 Asuka Okajima:

http://siki.tokyo

1989年生まれ。アーティスト、イラストレーター。現在京都在住。2016年より1年間、チェコに滞在し活動。その土地の人々や絵本などを通して、チェコ語・スロバキア語・ドイツ語・ウクライナ語など、英語だけでなく様々な言葉に触れ、言語という名の宇宙に興味を持つ。『Bells and Whistles』にて、「HOMEWORK」を連載中。

 

2017.7.7

HOMEWORK vol.2 -How do you express your feelings?-

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HOMEWORK/English school/Asuka Okajima
HOMEWORK/English school/Asuka Okajima

 

I could speak neither English nor Czech in the first three months of my visit to the Czech Republic. I still remember clearly the hard time. My job was making statuary works as an assistant of a sculptor.

 

An encounter with Ukranian carpenters opened up my curiosity in language. We were working together for a while, but we had no common language. I spoke English just a little and couldn’t speak Czech at all. They could speak Czech on some level but couldn’t speak English.

 

In the beginning, we kept a wide berth although we had to work together and had no alternative but to communicate. In the process of art production, things made it easier to communicate with feelings. We gradually opened up to each other. In a short while we started to hang out and went to drink beer. They loved drinking beer while working. I tried to talk by looking up words in a dictionary. First I learned words like , ‘Hello’ and ‘Thanks’. Then, ‘I’ and ‘You’. And then, Today, Tomorrow, This, That, Man, Girl, name of food, alcohol, slangs… Our communication looked funny because it was too simple like a primitive man’s communication but they were essential and all important.

 

I remember all the good times we spent together. I was getting to be able to express my feelings and understood how they felt little by little. I didn’t feel lonely any more.

チェコへ滞在して初めの3か月間、僕は英語もチェコ語も話せなかった。感じたことを人に伝えられないその苦しい期間を今もはっきりと思い出せる。彫刻家のアトリエで、作品を作ることが僕の仕事だった。

 

言葉を覚えるきっかけになったのは、チェコへ出稼ぎに来ているウクライナ人の大工との出会い。しばらくの間僕たちは一緒に仕事をすることになったのだが、彼はチェコ語はある程度話すことができたが英語が話せなかった。僕たちは共通の言葉を持たなかったのだ。最初は互いに敬遠していたが、仕事上そうも言っていられない。物作りは言葉を話せなくてもなんとなくわかりあえる部分があるので、挨拶やボディーランゲージ、一緒に物を運んだりしているうちに次第に打ち解け始めた。そのうち一緒にビールを飲んだりするようになった。(彼らは仕事中のビールが大好きだった。)僕はチェコ語の辞書を開きながら少しづつコミニュケーションをとり始め、最初は「こんにちは」「ありがとう」。それから「私・あなた」次は「友達」。「今日・明日」「ここ・これ」「男・女」「食べ物の名前」「酒」「スラング」…そんな順番に言葉を覚えていった。そのあまりにシンプルなコミニュケーションは、まるで原始人の会話のようで可笑しかったが、それらは全て根源的で大切な言葉ばかりだった。

 

彼らと過ごした時間は本当に楽しいものだった。僕は少しづつ、気持ちを言葉に乗せて彼らへ伝えることができるようになっていて、また彼らの気持ちを受け取ることができるようになっていた。その頃にはもう孤独を感じることは無くなっていた。

 

 

岡島飛鳥 / Asuka Okajima:
http://siki.tokyo/
1989年生まれ。アーティスト、イラストレーター。現在京都在住。2016年より1年間、チェコに滞在し活動。その土地の人々や絵本などを通して、チェコ語・スロバキア語・ドイツ語・ウクライナ語など、英語だけでなく様々な言葉に触れ、言語という名の宇宙に興味を持つ。英語教室の授業で出たテーマをもとに、言葉についてイメージした事・考えた事を絵にしていきます。

2017.3.20

HOMEWORK -What would you like to do if you could fly?-

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If I could fly... I would like to be a migratory bird and fly across the sea. I want to know for how long they keep flying and where they sleep. While on the long journey, what do they see, feel and think? The colors of the forests and sea, all living things in each place. From north to south, everything I realize with my skin changes by gradation. As a bird of passage, I imagined such shape of the world.

 

 

Text: Asuka Okajima + Makoto Hamagami

 

岡島飛鳥 / Asuka Okajima:

http://siki.tokyo/
1989年生まれ。アーティスト、イラストレーター。現在京都在住。2016年より1年間、チェコに滞在し活動。その土地の人々や絵本などを通して、チェコ語・スロバキア語・ドイツ語・ウクライナ語など、英語だけでなく様々な言葉に触れ、言語という名の宇宙に興味を持つ。英語教室の授業で出たテーマをもとに、言葉についてイメージした事・考えた事を絵にしていきます。

 

 

2015.10.10

いとし、いとしといふこころ 2

「ねえ、『愛』はどこへいったの?」

 ずいぶん間があいてしまいました。でも「愛」はいつもそこにありました。ただ時として見えにくいだけなのです。

 

 前回の話をざっとまとめれば、「恋(こい)」は訓読み、すなわち和語であり、その意味は動詞「こふ」に由来し、「いまここにないものをもとめる気持ち」だということでした。つまり2行で要約できたのです。おそらく今回も2行ていどの中身しかないと思いますが、数十倍の体積に見せかけてお届けします。綿菓子やホイップクリームのごときものと思っていただければさいわいです。甘い甘い愛のおはなし。

 

だから「愛」がわからない

 「愛(あい)」は音読みです。すなわち中国語の音を日本語に導入したものです。実際には音だけでなく、その概念ごと漢語から導入しました。

 文字や記号を木片や紙に記入する動作を漢字では「書」の文字で表しますが、ご先祖さまはそこに、「けずりとるしぐさ」をあらわす動詞「かく」をあてて、「書く」という訓読み表記を発明したのでした。ところが、文字のなかった昔の日本には、「書かれた文字」や「文字を記して通信伝達する木片・紙片」をあらわすことばがなかったことでしょう。もちろん、文字はなくても何がしかの記号や図像は使われていたでしょうし、それを刻印する動作はすでに「かく」と発音していたかもしれません。ただ、刻印されたもののほうはどのような和語で表していたのでしょう。もしかしたら連用形「かき」だったかもしれませんし、わたしの知らない和語で表されていたのかもしれません。しかしいずれにせよ、文字によって膨大な意味内容を保存伝達する書物や書簡のたぐいはなかったので、当然ながらそこには相当する和語も存在せず、中国語の読みをそのまま拝借して、「書(ショ)」という音読みで対応しました。

 ほかにも、「礼(レイ)」とか「楽(ガク)」とか「経(キャウ)」など、音読みのまま定着した語は、そもそも和語に存在しなかった概念を音ごと導入したものであり、「愛」もまたこのグループに入ります。

 

 余談ながら「書」に相当する和語に「文(ふみ)」があるとのご指摘についてですが(誰も指摘してませんか)、こちらは漢語「文(フン)」(当時の発音では再現すれば「プン」でしょうか)が「ふに」(同じく発音は「ぷに」ですかね)になり、さらに「ふみ」に変化して和語として定着したというのが通説です。伝統的に撥音「ン」の発声が苦手な日本人が後ろに母音iをくっつけて発音しやすくするのも、子音nとmが入れ替わるのもよくあることだったようで、同様のことが文字を記した木片をあらわす「簡(クヮン)」が「かに」を経て「紙(かみ)」にいたる過程でも起こっています。

 

 ともあれ、「愛」はそもそも和語に存在しなかった概念だったのです。はじめこの駄文を書き出した段階では、「『愛』はそもそも和語になかった概念であり、だから日本人には『愛』がよくわからないのだ」と結論づけるつもりでした。書いているうちに、さすがにそれはむちゃくちゃだろうと思い直したものの、いまのところ適当な落ち着き場所は見あたっておりません。

 毒食らわば皿まで。迷走するならトコトン迷走を楽しみましょう。

 

さまざまな「愛」のかたち

 「愛(アイ)」は音読み語として定着しただけでなく、訓読みがいくつもあります。「愛しい(いとしい・いとし)」「愛でる(めでる・めづ)」、いまでは使われませんが、「愛し(かなし)(をし)」などもあります。「愛し(かなし)」は「悲し」とも書き、「大切に思う、かわいく思う」なら前者、「悲嘆、残念、気の毒」の意では後者を用いると辞書にはありますが、もちろんもとは同じひとつの和語であり、「失って悲しい、心残りだ(→心ひかれる、大切だ)」というところに原義があります。「をし」も同様で、「愛し」「惜し」の使い分けはあっても、原義は「もったいない、失うことを恐れる(→大切だ)」でしょう。

 興味深いのは「いとし」で、「いと・をし(とてももったいない)」あたりから来たものかと思っていたら、「いとふ」(厭う)の形容詞形「いとはし」(厭わしい)から、「いとほし」(苦痛に思う、他人を不憫に思う)を経て「いとし」(不憫に思う、かわいい)になったという説が有力です。途中で「いたはし」(労しい、苦労を伴う→大事にしたい→他人の苦痛を気にかける)との混淆によって「自分の苦痛」から「他人の苦痛への同情」に意味が広がったもののようです。それにしても、まさか「愛しい」が「厭う」から派生していたとは。「嫌よ嫌よも好きのうち」という、数ある俗諺のなかでも唾棄すべき筆頭にある戯れ言がありますが、語源の暗示するところによれば「好きよ好きよも嫌のうち」のほうが正しいのかもしれません。

 

 

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 長谷治郎 Roses

 

 

 話を戻します。

 『新明解古語辞典』によると「いとほし」が「かわいい」の意を持つようになったのは室町以降とのことで、「いとほし」に特に「愛」の字があてられることはなかったようです。語形が「いとし」になったのは江戸期だそうで、ようやく「愛」の字があてられるようになりました。ですから「愛」の字が「他人の苦痛への同情」の意を含んでいると考えるのは、少々無理があるようです。「かわいい」の意がじゅうぶん定着してはじめて「愛」の字が当てられるようになったので、発想としては「愛でる(めでる・めづ)」や「愛し(かなし)」に通じるものです。これら訓読み語の「愛」の字に共通して託された意味は「失うと悲しい、失いたくないと切実に思う気持ち→弱いもの、壊れやすいものを大切に思う」であると推測するのが妥当なところでしょう。

 

 するとどうでしょう。前掲のとおり「恋」が「いまここにないものをもとめる気持ち」なのに対し、「愛」が「いまここにあるものを失いたくない気持ち」であるとすると、絵に描いたようなみごとな対比が浮かび上がってくるではありませんか。うっかりこれでめでたしめでたしと結論づけたくなります。(「めでたし」は「めづ」の派生語でもあることですし・・・)

 

 ところが、です。上の考察は訓読みに際して「愛」の字がどのような基準で採用されたかを示すものに過ぎず、音読みで用いられる名詞「愛」の意味を直接示しているわけではありません。いわば状況証拠です。じっさいのところ、音読み名詞「愛」はそのような対比の枠でとらえきれるものではないのです。

 

 名詞「愛(アイ)」が音読みのまま導入されたのは、それに相当する和語がなかったからでした。現に、すでに見た「愛」の訓読みはすべて用言ばかりです。

 「恋(こい・こひ)」が動詞「こふ」の連用形に由来したように、「愛」にも動詞「めづ」の連用形名詞「めで」として成長するチャンスがあったはずです。実際「愛づ(めづ)」は隆盛を誇った動詞であり、「めづらし」「めでたし」など、現代でも広く浸透する派生語を生んでいます。しかし名詞「めで」は存在はしたものの広く使われることなく衰退しました。現代語「愛でる」ですら、使われはしていますが、派生語「めずらしい」「めでたい」に比べるとその衰えは隠せません。「かなしい」「おしい」は意味範囲も表記も「悲しい」「惜しい」に独占されて「愛」の字は過去のものとなり、訓読み勢力はせいぜい遅れてやってきた「愛しい」が健闘しているのみです。それに対して、音読み「愛」のほうはわが世の春といわんばかりのはびこりようです。これはどうしたことでしょう。

 実は「愛」にはもうひとつ用言があります。「愛する(愛す)」です。

 

もうひとつの「愛」のかたち

 昔の日本人が漢字を日本語に取り入れたときに、訓読みのほかにやってのけたウルトラCが、「漢語+サ変動詞『する(す)』」の発明です。すでにこの文章の中でも、「記入する」「拝借する」「迷走する」「暗示する」「推測する」「採用する」「独占する」など用いていますが、多くは近世以降に作られた和製漢語を動詞化したものですし、実態は「記入をする」の「を」を省略しただけとみなすこともできます。

 しかし、「単漢字+する(す)」のかたちのものは、由来も古く、「を」を挿入できないものが多くあります。この文章の中でも、「通じる(通ず)」「託す」などを使っていますが、ほかに「拝す」「辞す」「感ず」「達す」「案ず」などがあり、「愛す」もこの仲間に入ります。もとはサ変でも、現代語では上一段活用「通じる」「感じる」「案じる」、五段活用「託す」などと変化しているものもあります。「愛する」は「愛する・愛するとき・愛すれば」だとサ変、「愛す・愛すとき・愛せば」だと五段といったように、けっこういいかげんな運用がなされています。いずれにせよこのような変化は、堅苦しい「漢語+サ変」がより平易な活用になって「和語化した」とみなすことができます。それだけ由緒ある表現だということかもしれません。

 

 『全訳読解古語辞典』によると、「愛す」の語義は大きく5つ、

① かわいがる。あいする。

② 愛好する。愛玩する。

③ 執着する。愛着する。

④ 愛撫する。愛しあう。

⑤ 相手をする。適当にあしらう。あやす。

とのことで、親切なことに「漢籍系の『愛』は『恵、親、寵、慕、好、仁』に通じ、今日と同じくプラスの語感を有する。仏典系の『愛』は十二因縁のひとつで、『執・貪・染』など執着、執念に通じ、マイナスの語感を有する。」と補注があり、とりわけ③に、「マイナスの語感」があることに注意を促しています。

 

  ここでひとつ気づくことがあります。上の「愛す」の語義を、前の訓読み勢力と比べてみると、訓読みサイドの「失いたくないと切実に思う、壊れやすいものを大切に思う」という意味からことさらに「切実さ」が薄れていて、意味が平板になっているのです。ポジティブにもネガティブにも、訓読み勢力に見られる「うつろいやすいものへの郷愁、もののあはれ」が「愛す」には感じられず、よりニュートラルな表情をしています。これはやはり和語と漢語の語感のちがいによるものなのでしょうか。そうだとするとなおさら、音読み「愛」と訓読み勢力は分けて考える必要がありそうです。

 

 ごめんなさい。力尽きました。つづきはまたこんど。舞台は(たぶん)近代へ・・・

 

 

長谷治郎:

1974年 神奈川県生れ

1997年 京都大学理学部卒

2011年 国民文化祭美術展京都市教育委員会教育長賞

2012年 関西独立展関西独立賞(同14年、15年)

2013年 独立展新人賞

2015年 独立展奨励賞

個展 2015年12月4日(金)〜10日(木)

   銀座かわうそ画廊

現在 独立美術協会会友

作品

https://www.flickr.com/photos/hsjr0208/

第83回独立展

独立展

 

2015.5.6

いとし、いとしといふこころ

 

「愛と恋のちがいってなんだと思う?」

 

思春期まっさかりの少年少女だったころからだいぶ遠いところまで来たわれわれにとっても、ふと立ち止って考えることのある問いかけです。たわむれにインターネットで「愛、恋」と検索するだけでさまざまな回答例を目にすることができました。

 

曰く「恋は自分本位、愛は相手本位」

曰く「『愛』は中心に心があるから真心、『恋』は下に心があるから下心」

曰く「恋は花火、愛はろうそくの火」

曰く「愛は与えるもの、恋は奪うもの」

曰く「恋が時間を経て愛に変る」

曰く・・・

 

まじめなもの、皮肉っぽいもの、気の利いたもの、スタンスはさまざまですが、どのテーゼにもなるほどとうなずけるところがあります。恥ずかしながらわたしも以前、偶然ひとつのテーゼのように読めてしまう回文を作ったことがあります。

 

「憩う愛、酔い合う恋」

 

逆から読んでも「いこうあいよいあうこい」

著作権フリーです。気に入ったらRT。

 

 

こうしていくつか見ただけでも、多くの人が「愛」と「恋」には明確な違いがあるのをみとめているのがわかりますし、二者を分離する基準は多様ながら一定の共通性がうかがえます。

 

「恋」の説明には「主観的、利己的、卑俗」といったパーソナルでバルネラブルな属性を強調し、「愛」の説明として「観念的、利他的、高尚」といったユニバーサルでパーマネントなイメージを対置するというのがひとつの傾向としてうかがえます。その結果「愛」→「恋」の順で説明するときは「恋」がオチになりますし、「恋」→「愛」の順のばあいにはいわゆる「サゲてアゲる」というレトリックが多く用いられています。

 

こうした傾向は「愛」と「恋」というふたつの日本語についてのある興味深い事実と関連していると思っておりますが、いまのところはっきりそれに言及した主張を見かけないので、ここでご紹介します。その事実とは、

 

「『愛』は音読みであり『恋』は訓読みである」ということです。

それがどないしたんや。

 

 

「音読み」は漢字が中国大陸から導入されたときに、当時の中国語の音をそのまま、またはそれに近い当時の日本語の音を当てて読んだものです。対して「訓読み」はその漢字の中国語読みとは無関係に、その漢字の意味に相当する日本固有のことば(和語)の読みを無理やり当てたものです。

 

いま仮にアルファベットで同じことをしてみます。「carry」と書いて「キャリー」と読み、「運搬」を意味するのが「音読み」に相当し、これは普通の外来語のあつかいと変りませんが、訓読みでは「carryぶ」と書いて「はこぶ」などと読むことになります。いびつです。無茶もいいとこです。

 

もっとも、こうした文化は文字を持たなかった日本人が漢文を読む手助けとして送り仮名(カタカナ)が発明された事情を経ていますし、仮名そのものが漢字(万葉仮名)をもとに作られたものですから、アルファベットで同列に考えるのはナンセンスです。それなら「carry bu」とローマ字読みとまぜこぜにして「はこぶ」と読むのはどうでしょう。

 

妄想はともかく、音読みに比べて訓読みは大胆な方法だということは異論のないところだと思います。漢字の導入につづくカタカナひらがなの発明を経て現在の漢字仮名まじり文にいたり、日本語はたいへんゆたかな広がりをもつことができたのですが、功あれば罪あり、ひずみもまた現在に残っています。

 

小学校6年生のとき中学受験をしたのです。唐突な思い出話。国語漢字頻出問題として必ず紹介される選択問題に「はかる」とか「おさめる」があります。

 

「はかる」 長さなら「測る」

      重さなら「量る」

      時間なら「計る」

      工夫なら「図る」

      計略なら「謀る」

      相談なら「諮る」

 

「おさめる」学業なら「修める」

      治安なら「治める」

      税金なら「納める」

      利益なら「収める」

なんじゃこりゃ。

 

当時の感想ですが、小学6年といえばロリエもびっくりの吸収力ですので難なく覚えました。いまではだいぶあやしいもので、家賃は「収める」のか「納める」のか自信がないのでひらがなで書いています。

 

和語においては「はかる」も「おさめる」もそれぞれひとつのことばでした。ところが漢字に和語を当てていったら1対1に対応しなかったものだから、しばしばまったく意味の異なる漢字に同じ和語を当てることになりました。これらはそのときの鬼子です。

 

「はかる」は「未知、不可視、将来のものごとに対して、明らかにしようとしたり何らかのはたらきかけをしたりする」という意味だったのでしょう。「おさめる」は「本来あるべきところ、あるべき姿、正しい形、望ましいあり方に、ものごとを収容する」という意味でしょう。ところが用例に応じて別々の漢字を当ててしまったため、(というか、用法のちがう漢字に同じ和語をあててしまったため)、意味が細分化されて和語本来の意味の広がりを失ってしまいました。ただし、これらふたつの語はまだもとの意味の名残をとどめているほうです。

 

別々の漢字が意味範囲を分担した結果、もはや完全に無関係のものどうしとしか認識されなくなった例に「かく」という動詞があります。

 

「文字を書く」「精彩を欠く」「背中を掻く」「寝首をかく」いずれももとは「削り取るしぐさ」をあらわすひとつの和語だったものです。ほかに「いびきをかく」「あせをかく」「恥をかく」などもありますが、こちらはすべて「身にまとうようす」をあらわす点で共通しています。「削り取る」グループと「身にまとう」グループは関連がないようにも見えますが、中国文学研究かの高島俊男せんせいは、どちらも「手を自分のほうに払うように引き寄せる動作」に由来するものだろうとおっしゃっています。猫が前足で砂を「かく」ようすなどを想像すると「削り取る」と「身にまとう」の共通点に納得しやすいかもしれません。

 

長谷治郎 Unknown Country

 

話を戻します。

 

「恋(こい)」は訓読みです。より分析的にいうと動詞「こう(こふ)」の連用形です。日本語では動詞を名詞化するときに連用形を用います。英語のto不定詞や動名詞、または従事者をあらわす接尾語の-er,-orに相当するはたらきを、日本語では連用形が担っています。「よろこぶ」の名詞形は「よろこび」、「ひかる」の名詞形は「ひかり」、自分に都合よく立場や意見を変えること、またそうする人は「ひよりみ」、天城山を越えようとする試み、またそうする人は「あまぎごえ」。つまり「こひ」は「こふ」の連用形であり、「こふこと、こふひと」をあらわしたはずです。

 

「こふ」は「恋ふ」と書きますが、ほかにも「請ふ」「乞ふ」の漢字が当てられた語があります。ここからは仮説ですが、これらはもとは同じひとつの意味だったのではないでしょうか。意味は容易に想像できます。「いま自分のものでないものを求める、手に入れたいと願う」ということです。

 

ところがひとつ問題があります。「恋ふ」は上二段活用、「請ふ」「乞ふ」は四段活用なのです。あれれ。ということはやっぱり別のことばかしら。しかしあきらめてはなりません。先ほどの「かく」の例をふたたび見てみましょう。

 

先にあげた「かく」はすべて四段活用他動詞ですが、「かく」には下二段活用他動詞「掛く」「懸く」もあります。現代語なら「掛ける」「懸ける」「賭ける」「架ける」などです。これらはみな「なにかを対象の身にまとわせる(→こちらと向うをつなぐ)」という意味で共通しています。「(なにかを)自ら身にまとう」のが四段「かく」で「(なにかを)相手の身にまとわせる」のが下二段「かく」だとすれば、文法が異なるからといって由来も別だとは言い切れないのではないでしょうか。「いま手元にないものをもとめる」点は共通して、心の中で慕うのが上二段「こふ」となり、具体的にもとめる動作をあらわすのが四段「こふ」になったというのが仮説の骨子です。

 

もし仮説どおり上二段「こふ」と四段「こふ」が同じ由来だったとしても、その分離はおそらく漢字到来より古いでしょう。すると漢字が導入されたときにはすでに別々の意味の和語として認識されていたわけで、この点については漢字にも訓読みにも何ら非はないということになります。先の「はかる」「おさめる」の話とはずいぶん事情がちがいますね・・・

 

仮説の真偽はどうであれ、「こひ」が「いまここにないものをもとめる気持ち」であることは国語上の事実です。いくつものテーゼに共通していた「主観的、利己的、卑俗」な属性はここに由来しています。原義にしたがえば手に入れたが最後「恋」は終ります。いい大人がいつまでも「恋人みたいな夫婦でいたいね」って、「痛いね」の書きまちがいじゃないのかと思うあなたは正しかったのです。思ってませんか。わたしだけですか。すみません。

 

 

「ねえ、『愛』はどこへいったの?」

すみません。忘れてました。またこのつぎに。

 

 

 

長谷治郎:

1974年 神奈川県生れ

1997年 京都大学理学部卒

2011年 国民文化祭美術展京都市教育委員会教育長賞

2012年 関西独立展関西独立賞(同14年、15年)

2013年 独立展新人賞

現在 独立美術協会会友

 

作品

https://www.flickr.com/photos/hsjr0208/

 

Sante 2015年6月2日(火)~14日(日)(月曜休館)

アートコンプレックスセンター(The Artcomplex Center of Tokyo)

http://www.gallerycomplex.com/

 

2015.5.6

A thought on English and dying languages

 

When the weather conditions are right on Yonaguni, an island lining the west border of the country, Taiwan can be seen from the northwest beach. Yonaguni isn’t just close to Taiwan, the distances from it to places like the Philippines and Vietnam aren’t much different from the distance to Kumamoto. Yes, Japan is much thinner than you may think.

 

Five years ago, a friend of mine who lived in the center of Tokyo moved to this island because she wanted to live alongside horses. There are about 100 wild, indigenous horses called Yonaguni horses living like this on a farm on the edge of the island.

 

When she came back to Tokyo to visit, she said: “It’s kind of boring how all the publishing companies are in Tokyo. It might be fun if I made a publishing company on an island right on the edge of the country.” They say many a true word is spoken in jest, and sure enough, she actually published a book in March 2012. The name of her company is kadibooks, and right now, she’s in the process of preparing her second.

 

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Five minutes from her room, there’s a cliff with a monument that reads “The hill where you can see the last sunset in Japan.” When I sat there and watched the sun set, staring far past the sea, I thought about how the sun is always rising and setting somewhere around the Earth. So then what exactly did they mean by ‘last?’

 

Taiwan lies on the other side. Beyond here, people don’t speak Japanese, which makes this the farthest Japanese publishing company to the west. On this island, though, there exists another language: Dunan munui. On mainland Japan, it’s seen as a type of Okinawan dialect, but UNESCO counts it as a completely different language from Japanese. There doesn’t seem to be a fine line with which to completely separate languages from dialects, but while Japanese and the Ryukyu languages correlate very closely with one another, they share less vocabulary words than English and German do.

 

Here’s what I found on the UNESCO Site.

 

There are eight minority languages in Japan:

Ainu (Hokkaido)

Amami

Hachijo

Kunigami

Miyako

Okinawan

Yaeyama

Yonaguni (Dunan munui)

 

Every language on that list aside from Ainu is a Ryukyu language, and they all use different vowels. It’s hard to get an exact count of how many people can currently speak Yonaguni, which only has 3 vowels (i/u/a), but as of 2010, the number stood at a little less than 400 people, making it a severely endangered language. Yonaguni even has its own system of picture writing known as Kaida letters, which was used up until the Meiji Period.

 

It’s also said that the Ryukyu languages are offshoots of the old Japanese language, since they still have words that use the ‘p’ sound that existed 7 centuries ago, such as ‘pitou’ (person) and ‘pikai’ (light in the Miyako language). Even though they all exist on the same island, the language is so different from one village to the next that people can hardly communicate with each other.

 

photo_D

 

According to Y, a young singer who’s working to record the Sunkani songs of Yonakuni, there are traces of word diffusion from Yonaguni to Ryukyu, and from Japan to Ryukyu, like the waves that flow in and out from the shore. Perhaps this just means there’s more than one ‘Japanese language.’

 

After quitting my job, coming to the ‘edge’ of Japan, and turning 41, I didn’t just get lost, I had the ladder pulled right out from me, and completely lost sense of what is and isn’t ‘Japanese.’ Will I be able to make it to the other side? Will I be able to go on studying English?

 

Just like how people had to study ‘standard’ Japanese or Yonaguni history in order to survive, we’re seeing more and more people who are now studying English in order to survive. Perhaps Japanese itself is in the process of becoming a ‘local language.’

 

■In Japan’s Okinawa, saving indigenous languages is about more than words(The Washington Post 2014/11/29配信)

http://www.washingtonpost.com/world/in-japans-okinawa-saving-local-languages-is-about-more-than-words/2014/11/26/f1b8e2d0-7023-11e4-a2c2-478179fd0489_story.html

 

 

The Tsumukiumu Editorial Office:

Raised in Chiba, living in Tokyo. I’m looking for a path of words that will let me wander as I please without any suffocating restrictions. I’ve helped out with the “Horse Words Notebook” published by kadibooks on Yonaguni.

 

2014.12.25

縄バシゴとしての英語2

 

日本語の「はしっこ」―ほんとうに崖っぷち

 

東京にオリンピックが来ることになって、ねじれた理由で決意した英語再学習。日本語で受けとる情報のなかで日本語で考えているのが息苦しくなってきて、39歳の崖っぷちでせめて「日本語でない世界」にわたりたいと「縄ばしご」として掴んだ英語だったのですが、か…風が想定以上に強く、ぶらんぶらん 縄にしがみついているだけで……1年がたってしまいました……。英語…すすんでません……

 

思わぬ強風でした。風やんだら書きますといいながら、いつのまにか暴風域に……気づいたら会社を辞めていて、いま崖でぐるりを囲まれた国境沿いの島で、これを書いています。

 

 

西の国境沿いの島・与那国島は、天候の条件がととのえば、北西の対岸に台湾が見えるといいます。与那国から台湾が近いことはもちろん、フィリピンやベトナムまでと熊本までの距離がほぼ同じくらいなんですね。思うよーり、「日本」は細長いです。

 

5年前、東京のまんなかで暮らしていた友人が、馬と暮らす生活をしたいということで、この島にひっこしてゆきました。

 

与那国島には、与那国馬という在来馬が100頭ばかり住んでいて、島のはしっこの牧場では、野生の馬がこんなふうに暮らしています。

 

photo_A

 

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その彼女が、東京に遊びに来たとき、「東京にばっかり出版社があるっていうのがつまんないね」「じゃあ国境沿いの島で出版社つくったらおもしろいかもよ?」という冗談から駒が出て、2012年の3月にほんとに一冊の本を出すことになりました。出版社の名前はカディブックス(kadibooks)。続く2冊目を、いまつくっているところです。

 

部屋から歩いて5分のところに「日本最後の夕日が見える丘」という石碑のある崖っぷちがあります。夕暮れ時に石の上に座って、海の向こうを眺めていると、地球上ではいつもどこかで日が昇り、沈んでいるわけで、「〝最後の夕日〟って何よ」という気もしてきます。

 

photo_C

 

向こう側は「台湾」。このさきは、ふつうには日本語は通じないけれど、そっか、日本語の本を出す、いちばん西の出版社なんだな、と思いました。

といいながらこの島には、「与那国語(ドゥナンムヌイ)」という言葉があるそうです。国内では日本語の「沖縄方言」のひとつとみなされることも多いようですが、ユネスコなどは日本語とも異なる一言語にカウントしているとのこと。「言語」と「方言」の境目もくっきり引けそうにありませんが、「日本語」と「琉球語(琉球諸語)」については、文法の対応関係は強いいっぽう、語彙の共有率は「ドイツ語」と「英語」より低いそう。

 

ユネスコのサイトにいって、調べてみると…

 

日本の少数言語は8つ―

 Ainu (Hokkaido)

 Amami

 Hachijo

 Kunigami

 Miyako

 Okinawan

 Yaeyama

 Yonaguni

 

アイヌ語のほかは、すべて琉球諸島のことば。それぞれ母音の数がまちまちです。母音が3つ(i/u/a)の与那国語を現在話せる人は、厳密なカウントは難しいはずだけど、およそ400人弱(2010年)、危機言語の「Severely endangered」になっています。与那国にはさらに「カイダ文字」という象形文字があって、明治になるまで使われていたそうです。

 

一方、琉球諸島の言葉そのものが「古日本語」から伝わったともいわれていて、7世紀前の「日本語」にあった「p」音(ピトゥ:人、ピカィ:光〔宮古〕)を残していたりするんだそうで……さらには一つの島のなかでも通じないくらい村と村の間で言葉がちがっていたりもしたんだそうで……。

 

「スンカニ」(与那国の唄)の若い歌い手で、歌の記録に努めるYさんの話からは、寄せては返す波のように与那国から琉球へ、日本から琉球へ、言葉が双方に伝播していった軌跡を感じました。

 

いくつもの「日本語」がある、と言ってもいいのかなぁ。。

 

会社を辞めて、日本語の「はしっこ」に来て、41歳になって、惑わずどころかハシゴが外れ、「日本語」の境界そのものがよくわからなくなってきました。「向こう側」にわたるんでしょうか。英語、つづけられるんでしょうか……

 

生き残るために「標準日本語」を学ばざるをえなかった琉球あるいは与那国の歴史のように、生き残るために英語を学ぶ人が増え、日本語が「ローカルな言語」になっていく未来のことも思いつつ。

 

photo_D

 

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■「ヤギの肉はおいしいなぁ」を宮古、八重山、与那国の言葉で言うと…
https://www.youtube.com/watch?v=wkXqgIVGjUE

 

■どぅなんスンカニ
https://www.youtube.com/watch?v=3yu4NTxqphE
https://www.youtube.com/watch?v=f4WewaCqsVU

与那国語でこの島は「ドゥナン」。”渡るのが難しい”「渡難」という意味が有力。

 

■In Japan’s Okinawa, saving indigenous languages is about more than words(The Washington Post 2014/11/29配信)

http://www.washingtonpost.com/world/in-japans-okinawa-saving-local-languages-is-about-more-than-words/2014/11/26/f1b8e2d0-7023-11e4-a2c2-478179fd0489_story.html

 

賀内麻由子:
十人十色、一色目。
英語をやりなおすタビの記録をよたよたとつづります。
山口生まれ、千葉育ち、東京ぐらし。
うろうろと息のしやすい言葉の回路をさがしています。
与那国島にあった出版社(久米島に移転)kadiibooksなど、小さいメディアのお手伝いなど。

http://www.kadibooks.com/

 

 

 

2014.2.2

縄バシゴとしての英語1

 

日本語のそとへ

 

最初のイントロから3ヶ月がたちました。英語をはじめて3ヶ月です。去年の暮れは、縄バシゴを伝って逃げてしまいたくなるニュースが方々からやってきて、かといって、つたって日本の外へ逃げられるような英語力があるわけもなく、風に煽られるハシゴから見える崖向こうの風景をゆらんゆらんと眺めるばかりのこころもとない年末でした。

 

テレビを見るのがしんどくなってきたのは7年前。新聞をとらなくなったのが4年前、雑誌もだんだん読まなくなって、電車の吊り広告も見るのがつらく、気づくとなんだかマスメディアというものからすっかり引きこもりになっていました。最近はもっぱらラジオとネットばかりです。

 

でも、先日、英語の教室の部屋のスミにばさばさと積んであった『Time』の表紙のオバマの写真がかっこよくて、なんとなくぱらぱら眺めてみたら、英語はよくわからなくてもレイアウトはわかる。写真もわかる。日本の週刊誌とはずいぶんちがう……中身のテキストはどんなかなぁ。そう思ったら、なんでしょう。何かがくるんとひっくりかえるような気持ちがして、押し入れの外に英語の海がちらっと見えた気がしました。

 

といいながら、西側の国がもろともしずんでいく時代に、40歳になって『Time』をめくって文明開化の音がしましたなんて100年遅い気がします。でも手にとるメディアが、『Time』であっても『ALJAZEERA』であっても『Democracy Now』であっても、海のむこうのメディアにだってあちらのいろんな事情があるでしょうし、隠されているものも露わなものも、いろいろ。でも違う言葉を知ることで、露わにされたものの向こうを想う自由が自分のなかに残せるなら、まだ少しだけ生きやすくなるかもしれません。

 

 

岡村昭彦という1960年代に『LIFE』で活躍したジャーナリストは、日本の人たちに話をするときに、3つの世界地図を見せたといいます。一つは日本の天気図でみるような日本が真ん中の地図。もう一つは、イギリスのグリニッジ天文台が真ん中に来る地図。ヨーロッパ大陸が真ん中で、日本は東のはじっこ。つまり極東。そして、最後はアメリカ大陸が真ん中にある地図。これは合衆国版。

 

■ Maps of  World

World Map

 

“世界”の”センター”が見ている地図はこっちだよ、というわけです。いろんな国に行く人はいつのまにか知っていることだろうなぁと思うのですが、私はやっぱり知らないことです。それでまず、「世界地図」で検索してみました。

 

すると…

 

https://www.google.co.jp/search?q=世界地図&rlz=1C5CHFA_enJP507JP507&espv=210&es_sm=91&tbm=isch&tbo=u&source=univ&sa=X&ei=6ZvsUsnBEImXkQXC3IDACg…

 

 

それから「world map」で検索すると…

 

https://www.google.co.jp/search?q=世界地図&rlz=1C5CHFA_enJP507JP507&espv=210&es_sm=91&tbm=isch&tbo=u&source=univ&sa=X&ei=6ZvsUsnBEImXkQXC3IDACg…

 

 「世界地図」は知っていたけど、「world map」は知らなかったです。

 

 

 ほかの言葉でもやってみました。

 

 世界地图

(中国語)

https://www.google.co.jp/search?q=%E4%B8%96%E7%95%8C%E5%9C%B0%E5%9B%BE&rlz=1C5CHFA_enJP507JP507&espv=210&es_sm=91&tbm=isch&tbo=u&source=univ&sa=X&ei=bKHsUtHqOYrllAWZm4DQDQ&ved=0CCkQsAQ&biw=1345&bih=920

 

 

 خريطة للعالم

(アラビア語)

https://www.google.co.jp/search?q=%D8%AE%D8%B1%D9%8A%D8%B7%D8%A9+%D9%84%D9%84%D8%B9%D8%A7%D9%84%D9%85&rlz=1C5CHFA_enJP507JP507&espv=210&es_sm=91&tbm=isch&tbo=u&source=univ&sa=X&ei=cKLsUvD3CIWpkQW4kIBY&ved=0CCkQsAQ&biw=1345&bih=920

 

 

दुनिया के नक्शे

(ヒンディー語)

Margesh Patel – दुनिया के नक्शे

 

 

おまけ*こんなのも。

ヤポネシア

環日本海・東アジア諸国図(通称:逆さ地図)の掲載許可、販売について|富山県

 

 

 

 

岡村昭彦の回顧展が東京都写真美術館でひらかれます(2014年7月~9月)

東京都写真美術館

 

 

賀内麻由子:
十人十色、一色目。
英語をやりなおすタビの記録をよたよたとつづります。
山口生まれ、千葉育ち、東京ぐらし。
うろうろと息のしやすい言葉の回路をさがしています。
与那国島にあった出版社(久米島に移転)kadiibooksなど、小さいメディアのお手伝いなど。
http://www.kadibooks.com/

 

 

2013.10.27

Introduction

英語の向こうがわ〜縄バシゴとしての英語

 

なんねんぶりだろう。英語をやっぱりやりたいな、というか、やらないとちょっと苦しいな、とオリンピックが東京に決まった朝、眠い頭でぼんやり思いました。

外国の人が日本に沢山やってくるから道案内くらいできなくちゃとか、遅ればせながらキャリアアップだとか思ったわけでなく、この先、日本語しかできないとちょっと息ができなくなってしまいそうだなぁと思ったのです。やむなく手をのばした先が“とりあえず”英語でした。

今から20年前、とりあえず英語をやるのはいったんやめてみようかなと思いました。でもいずれ、英語の向こうがわに、どうしても会いたい人や、知りたいものや、そういうものが現れたら、そのときはたたたたっと英語の橋をわたって、あっちにいけるんじゃないかなぁとも思っていました。英語を勉強することが、筋肉をつけることじゃなく、何かと出会って、やわらかくなるようなことだといいなぁ…と思っていたのかな。

でも結局20年、なんにも向こうがわに愛するものを見つけられず、橋の手前で起きたり眠ったりしているうちに、日本語を話さない面白そうな人が現れても、なんとなく、もじもじ笑うだけの人になりました。そしてだんだん日本語の世界でホモサピエンスとして生きることに疲れはてることとなりました。

いま、向こうがわに誰も何も見えてはいないけど、崖の向こうがわから、ぱらっと縄梯子みたいに英語が落ちてきたから、向こうに何があるかわからないけど、とにかく、このハシゴにのぼってみよう。しがみついて、のぼって、あっちに歩いていってみようかなと思います。

夢に至るためのきれいな橋というより、必死に逃げ出すためだけの縄バシゴとしての英語。私がもう一度英語をやりなおす動機は、そういうとても当てのないものです。

それでも指の先に、ちょろっと触れる、英語の向こうがわ。あ、これ読みたいなぁとか、知りたいなぁとか、話したいなぁと思う向こうの風景を、ここに少しずつスクラップしていこうと思います。20年ぶりにやりなおす英語1年の記録です。

ツムキウム編集室:
十人十色、一色目。
英語をやりなおすタビの記録をよたよたとつづります。
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与那国島の出版社 kadibooks『馬語手帖』のお手伝いなど。
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